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日本全国離島シリーズ第25弾~五島列島・福江島、若松島、中通島~
「まさしく地産地消!!五島のうどん、魚介、牛、豚、うどんは最高やったで」
皆様、こんにちは。今秋は長崎県五島列島に行って参りました。 |
城岳展望台(福江島)より |
☆稲佐山山頂より
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☆Glance at Nagasaki
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☆Topics Vol. 266-271
五島は思ったよりもでかかった
五島は海がきれいだった。リアス式海岸が多い中、所々砂浜が広がる。沖縄の離島の珊瑚の海と違って、浅く白い砂浜。私が各浜を訪れた頃は干潮時で、かなり遠くまで潮が引いて砂浜が広がっていた。
福江島に戻る際、当初は、若松島から奈留島に寄ろうと思っていたが、若松島を出る朝、大雨にすごい雷だった。さすがにこの状態では走られん。泣く泣く奈留島を諦め福江に戻った(残念・・・)。 各島をつなぐ船の便数がもう少し多くあってもいいのでは?、と思ったが、ニーズがないから仕方がないのかもしれない。何かあれば、皆、ジェットフェリーで長崎まで足を運んでしまうのだから。 |
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鬼岳(福江島)からの眺め |
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五島列島、長崎、一齧り
1、「老李」(ラオリー)(長崎)
ホテル近くにあった店。今回食べたちゃんぽんの中で一番うまかった。と言うか、普段余りちゃんぽんを食べない私にとって、これまで食べたちゃんぽんの中で一番うまかったかもしれない。 しっかりした味のスープで、且つくどくない。魚介のダシも出ている。気づいたら、スープを飲み干していた。水餃子もまずまず。 |
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2、立飲み処「紫羊」(長崎)
駅近くでたまたま見つけた。とにかく安い。U字のカウンターで、店はママ一人だった。Cash onでも後払いでもどちらでもできる。 いい感じの店。立飲みと言えども、安過ぎちゃうか? |
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3、「おでん桃岩」(長崎)
ここも駅近くでたまたま見つけた。昭和6年創業のおでん屋。 かなりの老舗で個性的なママがいた。老舗だけに年季のあるおでんスープかな?、と思っていたがそうでもない。関西風のようなあっさりした味で、飲んだ後の〆に良い。かまぼこなどネタが長崎らしい。 店には「酔っ払いお断り」の看板があった。 店で韓国人カップルに会ったのだが、以前ここを訪れた韓国人がSNSでアップしており、それを見てここに来た。韓国にもおでんらしきものはあるが、ここまで具材は多くない、と。 |
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4、「会楽園」(長崎新地中華街)
ホテルの方に教えてもらった。これまで泊まった宿の方お薦めの店は、得てして私好みではなかったが、ここの方の好みは私に合う。初めてかもしれない。 長崎新地中華街は、日本をバイクで放浪して以来。かなり前なのでほとんど記憶に残っていないが、こんなんやったかな…?全然イメージが違って、かなり小さく感じた。 中国が休日中で、おびただしい中国人観光客がいた。なんでわざわざ日本にまで来て、好んで自国の料理を食べに来るのか?ほんまよう分からん。 ここのちゃんぽんは、ラオリーに比べると上品な味。これはこれでうまい。またスープを飲み干してしまった。 ホテルの方お薦めのトンポーローもうまい。私は八角が苦手で、中華料理ということで八角の風味を想定していたが、全く感じられなかった。 |
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5、ハトシ(長崎駅及び長崎空港)
ハトシにはまった。エビのすり身を食パンで挟んで揚げたもの。うまい。持ちやすいし、ちょうど小腹が空いた時によい。揚げているのに重くない。 |
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6、「NEWパンドラ」(福江島玉之浦)
福江で玉之浦に行くなら、と勧められたところ。うつぼ料理が有名らしいが、皆様から勧められたのが、もしあれば特大エビフライ定食。 店に着くと、本日はエビフライ定食ありの看板が。店の方曰く、普段なかなか素材が手に入らないようで、入手できればお薦めするメニューらしい。 確かにエビはでかくて、ボリュームがあってうまかった。しかし、一つの疑問が…。五島ではこんなでかいエビは獲れないはず。そのことを店に聞いてみると、申し訳なさそうに外国産である、と。 地産地消の島。且つ、地元の各食材をメニューに公表しているのに、エビがまさかの外国産。五島にまで来て、好んで外国産を食いたくなかったなあ。うつぼにしといたらよかった。 |
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7、鬼鯖鮨(福江島)
すごい肉厚の鯖鮨。かなり食いごたえがある。島の人からダブルではなく、スタンダードな鬼鯖を勧められたのが分かる。ダブルなら、食い切れなかったやろう。 |
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8、居酒屋「海楽」(中通島有川)
有川でたまたま見つけた居酒屋。店の方はすごく感じがよかったが、メニューが焼き鳥などいかにも居酒屋メニュー。ここにまで来て、どこでも食べられる居酒屋メニューは食いたくなかったので、店には申し訳なかったがすぐに出た。地元の人にはよいと思う。 |
9、長崎卓袱料理「浜勝」(長崎)
折角なので、長崎の卓袱料理も食べてみた。卓袱料理は、いわゆる長崎版円卓料理。 思案橋から徒歩数分の「浜勝」は、リンガーハットの発祥地とは知らなかった。たまたま隣の個室にリンガーハットの会長がいた。 ここは1人用の卓袱料理があるのがよい。予約なくてもOKやし。卓袱料理は、一番最初にお椀が来る。これにはびっくりした。 |
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10、あじ盛(長崎)
軍艦島に渡る前にたまたま見つけた店。 雰囲気は私好みの定食屋で、朝から開いていてよい。ただ、ちゃんぽんはいまいちやったかな・・・。 |
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11、鮨どころ「しょうぶ」(長崎空港)
空港にある店で出発最後にたまたま入った。 料理は地場の食材を中心に値段は少々高めだが、ここで長崎の日本酒を飲んだ。長崎に日本酒があるとは知らなかった。純米酒が1種類しか置いていなかったのは残念だったが、その1種類しかない純米大吟醸を飲んだ。飲みやすくて美味しかった。 |
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☆長崎くんち
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五島うどんと五島牛
五島と言えば、五島うどんでしょう。五島に来る前から楽しみにしていた。 空海が大陸から伝えたと言われる五島うどん。椿油を中心に麺に油を使用し、ダシにはあごを使用。麺は食感がよく、滑らかな舌触り。ダシは関西風に似た薄味。麺が細い分、そうめんのよう結構食える。飲んだ後でも、ラーメンと違って重くなく、翌朝胃にも優しい。 一般のかけうどんなら、うどんにネギだけだが、五島のかけうどんは、天かす、かまぼこが乗っている。これで350円程。お得過ぎるやろ。 地獄炊きで食べるのもよし。いわゆる釜揚げうどんで、コンクなつゆに生卵を入れて、そこに麺を浸けて食べる。これが結構うまい。作るのも簡単やし。 私の大好きなカレーうどんの五島バージョンはいまいちやったな・・・。通常のカレールーを汁に混ぜているだけだと思うが、ダシをマスキングしていた。カレーうどんは福江でしか食べていなかったので、上五島で食べなかったのを後悔した。 上五島、下五島でうどんを食べまくったが、うどんは上五島の方が美味しかったように思う。上五島には製麺所が至る所にあり、地域で使用される麺が異なる。始めに福江島で五島うどんを食べて、その旨さに感動したけど、上五島では更に感動し、上五島から福江に戻って、改めてうどんを食べたけど物足りなく感じた。上五島の方がダシが効いていた。 食べた中で一番印象に残っているのは、上五島有川の「竹酔亭」。麺もうまかったが、ダシが一番効いていた。
有川にある「五島うどんの里」では、メニューが中国語、韓国語、台湾語でも書かれていた。対外国人観光客向けのこの対応を見ても、うどんは上五島の勝ちやね。
大阪のうどんで育った私は、その後、讃岐うどん、稲庭うどん等を知り、今回、新たに五島うどんと出会った。歴史的に見て、日本のうどんの発祥は五島であろう。
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☆Glance at Shimogoto
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地産地消
島の名産が売られている「五島がおいしい」も非常に良い。食堂もあるし、農協の直売所がある。地方へ発送もできるし、地元の方も多く買い物に来ていた。 魚介類はかなり充実している。釣り人にとっては、五島は聖地。五島にきびなごがあるとは思わなかった。 特に上五島では、リアス式海岸内の穏やかな入江で養殖が盛んである。どちらかと言うと、下五島では天然の魚。同じ五島でも面白いものである。 畜産も盛んで、五島牛は最高だった(前述)。 焼酎の蔵元は、上五島に「五島灘酒造」、下五島に「五島列島酒造」とあり、両蔵元では原料も地産である。「五島列島酒造」では芋、麦焼酎があり、比較的あっさりして飲みやすい。「五島灘酒造」では芋焼酎のみの製造だが、芋の品種のせいか、かなり甘かった。特徴としては、この甘い芋焼酎の方がオリジナリディがあり、人には紹介しやすいかもしれない。 まさか五島にワイナリーがあるとは…。「五島ワイナリー」は新しいワイナリーなため、原料のブドウの一部はまだ外部(山形)から買わざるを得ない。しかしながら、いづれは地産にする方針だそうだ。この姿勢には感心。味的には、白、赤ともまだ若い感を受けたが、今後に期待である。 五島では、米、魚、肉、酒、全てが地産である。この姿勢には本当に感心。で、全ての食材のレベルが高い。凄い。 |
「五島列島酒造」 |
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「五島灘酒造」 |
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「五島ワイナリー」 |
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「山海」、「アポロ」での夜
今回もいい店と出会った。我ながらこの嗅覚には自賛である。いつもながら、宿の人にお薦めを聞いてみたが、そこは残念ながら私の好みではなかった。そこで、その近辺をぶらぶら歩いていたら、炉ばた焼「山海」に辿り着いた。 福江に着いた夜、私は地場の魚と五島牛が食べられる飲み屋を探していた。かと言って、どこにでもあるような居酒屋には興味はない。炉ばた焼という看板を見て、 「色んな食材を焼かれるんかな?刺身は食われへんかも・・・。合わんかったら、少し飲んで出ればええか。」 といったことを考えながら店に入ると、店には誰も客はおらず、カウンターにはラップで覆われた新鮮な魚が並んでいた。カウンターがL字型で6人程座れるだろうか。小ぢんまりした雰囲気の私好みの店である。 店はママとその妹さんでやっている。ママは60代だろうか。その日は祭りの日というのもあって、客は誰もいなかったのかもしれない。まず、私はママにお薦の刺身をお願いし、五島牛の焼物、カマスの開きを頼んだ。うん、どれもうまい。 折角なので、カウンターにある魚を調理してもらおうと思い、ヒラアジ1匹まるまるを刺身にして頂いた。これも美味い。新鮮そのものである。さすがに1匹まるまるとなると、かなりのボリュームであった。且つ、刺身を食べ終わった後、ママはあらをあらだきにしてくれた。 あらだきと言うと、私はあらを使った汁物を想定していたが、長崎のあらだきは違った。甘醤油で炊くのである。甘しょっぱいがうまい。長崎のお袋の味だそうだ。これだけの大きさのあらとなると、食べ終わった頃はお腹がパンパンになり、かなりきつかった。 ママも妹さんも凄く物知りで、長崎や五島のことを色々教えて頂いた。お二人で国内外をツアーで旅行するのが趣味なようで、各地のこともよくご存知だった。もうこの店しかないやろう。私は福江滞在の時は、毎日ここに通い、ボトルまで入れた。 「山海」の後は、連日スナック「アポロ」に寄った。「アポロ」は、「山海」ママのお薦めで、「山海」ママより更にご年配のママだった。 スナックはよく分からん。普段からあまり行かない私にとって、スナックには鼻が効かない。よって、スナックに行く際は、最近こうやって1軒目の店にお薦めして頂くことが多い。あとで知ったのだが、基本的に「アポロ」のママは若い方をお断りしている。というのも、カラオケがデンモクではなく、レーザーディスクで、何十年も前の歌しかない。客から曲の注文が入る度に、ママが機械にディスクをセットする。店の客はご年配ばかりで、ほぼ毎日のように来られる常連さんであろう。私の滞在時に何度か顔を合わせ、仲良くなった方もいた。 ママの偉いところは、各常連さんに対して歌のリストが書かれたカードを用意している。常連なので選ぶ歌も決まってくる。カウンター上の箱には、そのカードがぎっしり並んでいた。この気配りはすごい。 レーザーディスクを使った機械はすでに廃盤となり、メーカーにはもう部品の在庫もない。よって、機械が壊れたらデンモクを使った今時のカラオケ機にしないといけない。レーザーディスクの映像は、若かりし頃の往年のスターの映像があって楽しかったのに。これがなくなると思うと寂しい。 福江最後の夜は、「アポロ」のママがお客さんを連れて、「山海」で私を待っていた。で、刺身、五島牛、酒と全てご馳走になった。ママは男前なところがあり、こうやってよく人にご馳走する様子。かなり高かっただろう。 「山海」は、それ程安くはないと思う。値段の書かれた定番メニューはリーゾナブルだが、あれだけ新鮮な魚を並べられると、どうしても魚を特注し、そういった料理は時価だと思う。値段を聞けば教えて頂けるだろうが、私はあえて聞かない。島で飲んで食べるのに、ある程度の出費を予定している。 最終日はハコフグも注文した。ハコフグの仕入れは難しいらしいが、ママは観光客に食べさせるため、仕入れられる機会があれば仕入れる。これは酒が進む。フグの身と味噌の組み合わせが非常に良い。ただ、これは焼酎よりも日本酒やな。その点は残念だったが、いいものを食べさせてもらった。 それにしても、「山海」では「アポロ」のママ以外に他の客とは誰とも会わなかった。どちらかと言うと、メニューが観光客を意識した地場の食材に特化したものだからだろうか?且つ、この時期はシーズンオフやし。おかげで、私的にはママ、妹さんとゆっくり話せたが、店の売上は大丈夫だろうか? 最終日も「山海」の後は「アポロ」に向かった。店で仲良くなった常連さんにはお別れの挨拶をした。「アポロ」のママには、「山海」で散々ご馳走になったので、そのお返しをせねば。かと言って、ママはお酒が飲めないので、私はできる限り酒を注文し、ママにもアルコールフリーをご馳走した。それでもお会計時はママは2,000円しか取らなかった。 「ママ、もう少し取って。」 とお願いしたが、その分は帰りの交通費の足しにして、と。「アポロ」は明瞭会計過ぎる。散々ご馳走にまでなって申し訳ない。 結局、今回の五島の旅でも誰一人として観光客と接しなかった。おかげで、いいママ達と出会えた。「山海」「アポロ」のはしごは最高やね。 |
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☆「山海」での新鮮な魚⇒刺身⇒あらだきの流れ
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☆Glance at Kamigoto
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遣唐使、潜伏キリシタン
歴史の復習という意味でも五島は貴重であった。中学校で習った歴史の授業を体感し、 「なるほど。」 と何度言ったことか。
五島、長崎と言えば、潜伏キリシタンであろう。数ヶ月前にたまたま出張中の飛行機内でこの時期のキリシタン弾圧を描いた映画「沈黙」を見た。かなりえぐい映像だったが、結果的に今回のいい予習となった。 潜伏キリシタンについては、私は勘違いしていた。長崎各地で潜伏キリシタンの文字を目にしたが、 「隠れキリシタンと何が違うのか?」 五島を周りながら、ずっと疑問だった。そこで、福江にある五島観光歴史資料館を訪ねることにした。 豊臣秀吉の時代、徳川の江戸時代、明治の初期までキリシタンは弾圧されていた。キリシタンが収容された牢屋にも行ってみたが、とても人が生活できるとは思えない処。踏絵は有名な話だが、これまで個人的に、 「踏絵ぐらい嘘ついて簡単にできそうなのに、なんでこんなことをする必要があったのか?」 と思っていたが、私は彼らの信仰の深さを軽視し過ぎていた。信仰の深さを考えると、当時の幕府にとって、キリシタンかどうかの見極めには、踏絵は容易で説得力のある方法だったのかもしれない。 キリスト教が禁止され、その間も彼らは信仰を続けた。キリシタンであることをあからさまにはできないので、仏像をマリア像に見立てるなどして、その間、彼らは独自のキリスト教へと進化させた。 明治時代になって、キリスト教が解禁され、改めて海外から神父さんが本来のカトリックを伝え始めた、そこで、本来のキリシタンに戻ったのが潜伏キリシタン。一方、独自に進化させたキリスト教を守ったのが隠れキリシタン。殆どの信者が本来のキリシタンに戻ったそうなので、今や隠れキリシタンの子孫はほとんどいない。 元々五島にいたキリシタンは、島原の乱で全滅したと言われている。現在の五島のキリシタンは、大村藩からの移住者が祖先。 下五島、上五島の何もない山道、海岸線のアップダウンを走っていると、ポツポツと集落に出くわす。これは、他の離島でも経験することだが、他と違うところはほとんどの集落で教会を見かけた。どう考えても人が住めるような場所でない斜面や断崖の中、唯一人が住めそうな場所に集落があり、且つ教会もあるのだ。移住してきた潜伏キリシタンは、当然いい環境を与えられる訳ではない。自らでその厳しい環境を開拓し、信仰を続けたのである。こんな劣悪な環境に移住するだけでも大変なのに、ここで信仰を続けたのである。いや、逆かもしれない。信仰があったからこそ、厳しい環境でも生きられたのかもしれない。そう考えると、宗教って凄い。信仰が生きる支えとなり、それが時には暴力に発展する。それがタリバンであり、イスラム国でもある。暴力に移すか移さないかは別として、根底にあるのは深い信仰心で同じである。 教会の近くではキリシタン墓地を見かけた。暮石の上に石でできた十字架があり、キリシタン名が暮石に刻まれている。今は、キリシタンとそうでない人が結婚するそうだが、結局、キリシタンに嫁いだキリシタンでない女性は、死後、その墓には入られない。考えてみればそうである。となると、信仰の自由はあるだろうが、やはりキリシタンにならざるを得ないのかもしれない。 日曜日になると教会でミサが行われる。長崎に滞在した日曜日、私は浦上教会に行ってみた。教会は信者でいっぱいで、ベールを被った沢山のご年配の女性も祈りを捧げていた。ご年配の方を寺や神社では普通に見かけるが、教会で見かけたのは私には初めてだった。これまで特別教会に行くこともなかったので、この光景は普通かもしれないが、私には見慣れない光景だった。無宗教の私には考えられないが、これが信仰なのだろう。大事なミサに私のような部外者が興味本位でいつまでも居座る訳にはいかない。私はすぐに教会を後にした。 五島では、空海や隠れキリシタンのように、中学校で習ったことを目の当たりにした。これまで日本各地でも歴史に触れてきたが、五島で体感した感覚は過去にはない不思議なものだった。特に潜伏キリシタンについては、この辺りでしか体験できないであろう。深いは、五島は。 |
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☆軍艦島と原爆資料館
日本人ももっと危機感を持てよ。被爆した国の人間であるのに、被爆を他人事のように捉えていないか?我々が訴えないと誰が訴えるのか?戦後、先輩達が築き上げたこの世の中を一瞬にして失うぞ。その復興に何十年と掛かるぞ。そんな事になると、先輩達、子供達に示しがつかんぞ。 原爆は恐ろしい。世界中の何処であろうと、絶対投下させてはいけない。 |
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