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日本全国離島シリーズ第29弾~与路島・奄美大島~
「ようやく与路島に来られた、しかし、まさかのとんぼ返り・・・」
皆様、こんにちは。この秋は、昨年のリベンジ、2年がかりでようやく与路島に行けました。と言っても、台風の影響でその日にとんぼ返りで、残念ながら、請島には行けませんでしたが・・・。 結局、台風の影響をそれ程受けず、奄美滞在中はほぼ天気に恵まれました。昨年が最悪だったので、天気のいい奄美を回ると、改めて「いい島」と思いました。 これで奄美諸島も卒業かな・・・。
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JTWCより |
昨年のこの時期、台風24号、25号の連発で行けなかった請島、予路島。今年も同じように台風の時期だがリベンジを試みた。 「そこに行きたいのなら、台風の時期をずらせば?」 と言う人もいるだろうが、人が多い時期にわざわざ南の島にまで来て内地の人に会いたくない。また、シーズンオフのこの時期は比較的宿に余裕があるので、現地で日程を変えやすい。今回も昨年と同じ請島、予路島の宿に予約を入れた。 東京を発つ1週間前。嫌な予感はこういう時は当たるもんだ。台風18号が発生し、私が島に渡る頃にちょうど沖縄から奄美諸島辺りに接近する予報。また今年も行けないのか・・・。そう思いながら日々を過ごしていたら、台風が段々と先島諸島から大陸の方に抜ける予報となった。案外、行けるのかも・・・。 島に渡る2日前に奄美大島に着いたが、全く台風が接近している気配がなかった。天気はいいし、風も強くなく、波も高くない。これ、行けるんちゃうか? 前日に古仁屋に着いたが、状況は変わらず。非常に天気が良い。しかし、島の人からはネガティブな声が。請島、予路島に行く「フェリーせとなみ」は町営なので、些細なことでもすぐに欠航する。また、台風はその翌日に接近するため、仮に島に行けたとしても、数日は帰って来られない。しかし、台風はかなり大陸の方に反れ始めていた。私は島に渡るのを迷ったが、昨年のこともあるし、船が動くなら島に渡ってみたい。そう思いながら、翌朝、フェリー乗り場に向かった。 この日も引き続き天気はいいし、波は穏やか。船は予定通り出るとのことで、港で古仁屋から予路行きのチケットを買った。チケットは事前に購入はできず、販売は当日のみとなる。「フェリーせとなみ」は、「フェリーかけろま」に比べるとはるかに小さい。「漁船に乗るのか?」と思わせるほど。ファミリーマートで朝飯を買って、いざ船に乗り込むと、乗客は私1人。 「えっ、貸切かい。」 古仁屋港を出て朝日を浴びながら加計呂麻島を過ぎると、急に波が荒くなってきた。その度合いが段々とひどくなり、船内で立っていられない状態に。話には聞いていたが、外海はこんなにひどいのか、、、。後から聞いたら、この日の加計呂麻島の東側はかなりシケていた。 |
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途中から気分が悪くて立てなくなり、ずっと寝込んでいた。天気がよかったので、外海から見る加計呂麻島を楽しみにしていたが、それどころではない。汗はダラダラ流れて止まらない。いつ以来だろうか、船酔いして吐いたのは・・・。あとあと思ったが、船が貸切でよかった。 古仁屋を出港して約1時間後、与路港に着いた。予想通り、港に建物が一つだけある以外は何もない。予路から古仁屋に戻る船には10人近く乗客がいた。若い人もいたので、この時期に観光客はいないはずなので、誰だろう?、とフラフラしながら考えていたが、この若い連中はあとから何かと問題を起こす学校の先生達だった。前日に小学校で運動会があり、この日はその代休で先生達は古仁屋で買い物して最終便で与路に戻る予定であった。 予路では「民宿みどり」を予約した。と言っても、島には宿はここしかないのではないか?私はフラフラとバックパックを背負いながら、道を歩いていた島のおばあさんに民宿の場所を聞くと、 「あっち。」 と、右側を指した。島の民家の数が限られるので、民宿の場所は直ぐに分かった。 宿に着くといきなり女将さんから、 「今日中に帰った方がいい。」 と。えっ、着いたばかりなのに、いきなり、何?、と思ったが、これから台風18号の影響で波が高くなり、数日は欠航になる、と。そんなこと言われても、、、。 女将さん曰く、おそらく古仁屋から予路に戻ってくる船は、通常は翌朝まで予路に停泊するが、これからしばらく欠航になるため、この日は与路に停泊せず、古仁屋に戻るはず。しかし、請島まで来た船は、条件付きで予路に来ることになり、波の状態によっては予路に寄らずにそのまま古仁屋に戻ってしまう。予路島周辺は海流が集まるのか、波が荒いことが多く、船が予路に寄らす、引き返すことがよくある。そうなった場合、この朝、10月の消費増税前に海上タクシーのオイル交換に古仁屋に向かった宿の息子さんが、朝、古仁屋に買い物に行った先生達を乗せて与路に来るはず。そしたら、その船で加計呂麻島に渡してもらって、加計呂麻島から船で古仁屋に戻ればよい、と。折角、2年越しで予路に来たのに・・・。私は何よりもまだ船酔いで気分が悪い状態で、しばらく宿で横にならせてもらった。 |
少し寝て、島の散歩に出た。天気は快晴、但し、台風の影響で外海は波が高い。集落を散策しているとハブ棒を発見。これが噂のハブ棒か・・・。珊瑚でできた塀の所々にハブ棒が立てかけられている。女将さん曰く、昔はもっとハブ棒が置かれている間隔が狭く、そのため外部から見ると島にハブが沢山いると思われていた。もちろん島にハブはいるが、そんなに頻繁に見ない、と。 集落と言ってもしれている。20分もあれば歩いて回れる。集落で目立ったものと言えば、公民館、診療所、郵便局、学校、売店しかない。島の人口は50人程。それにしても、こういう僻地にも土俵がある。奄美は相撲が盛んで、幕内に龍郷町出身の大奄美、瀬戸内町出身の明生がいる。 この日は快晴、日差しが強く、歩いているだけで汗だくになった。かと言って、涼む場所はない。台風が近づいているとは信じられない。途中、何人かの島のおばあさんに会った。で、皆に同じことを言われた。 「しばらく船が出なくなるから、今日中に帰った方がいい。」 途中で売店に寄ってみたが、そこでも同じことを言われた。 台風よりも何よりもこの日は余りにも暑かったので、歩く気力が段々と薄れ、宿に戻ろうかと思っていた矢先に町内放送が流れた。そう、これからの船の運航についてである。残念ながら、女将さんの予想が的中。古仁屋から条件付きで与路島に来た船はそのまま古仁屋に引き返し、翌日は欠航が決定。但し、条件付きなので、与路島には来ずに請島で引き返す可能性がある、と。 宿に戻ると、女将さんが部屋にクーラーを入れて待っていてくれた。お父さんも仕事が終わって、昼ごはんに帰って来ていた。私は古仁屋のコンビニで昼食を買って持って来たが、女将さんは私の分も昼食を用意してくれていた。朝にいらないって言ったのに・・・。昼食は息子さんが釣った魚に油そうめん。それにコンビニで買ってきたおにぎり。美味い。息子さんは海上タクシーで客を待っている間よく釣りをされるようで、そのため、女将さん曰く、魚は買ったことがない。買い物はもっぱら古仁屋で頼んで、それを船に積んでもらう。ちょうどこの翌日が10月1日で消費税が上がる時期だったので、私は女将さんに軽減税率についてレクチャーした。 また、女将さんは、昨年、私が同じ時期に予約し台風で来られなかったことを覚えていた。名前に覚えがある、と。そんな2年がかりで来た島なのに、もう帰らないといけないとは・・・。 |
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さあ、ここからはどうやって島を出るか?古仁屋からの船は条件付きなので、与路に来ない可能性がある。一方、女将さんの予想通り、古仁屋で船のオイル交換をした息子さんが、先生達を船に乗せて与路に戻ってくる可能性がある。先生達も翌日学校なので、この日に島に戻って来ないといけない。私は既に方向性を決めていた。そう、海上タクシーをチャーターして加計呂麻島へ送ってもらうことである。チャーター代は¥6,000掛かる。加計呂麻までは30分程。仮に古仁屋から与路に船が戻って来られても、もうあの船には乗りたくない。お金の問題ではない。あの船酔いはもうこりごり。女将さんにもそういう話をした。 すると、古仁屋にいる息子さんから女将さんに連絡があり、13時過ぎには古仁屋を出て、14時頃には与路に着くのでその頃に港にいてほしい、と。その際もお父さんが波の状態を見に行き、その状況で港への入り方を決める。しかし、13時になっても古仁屋を出発したという連絡がなく、と言うのは、名瀬まで買い物に行ってまだ帰って来ない先生がいたのと、船をチャーターするか定期船で帰るか迷っている先生もいて、息子さんは船を出そうにも出せない状態であった。何言ってんねん、教育者が。船が島に戻らない可能性があり、且つ、翌日授業があるというのに、危機管理がなさ過ぎる。チャーター代は古仁屋から与路まで¥18,000程で、6人もいたら1人¥3,000で済む。定期船が¥1,000程なので、その差額を出すのを渋っている先生がいた。で、乗船場に船が与路に行くかどうか聞きに行くと、船側は何とも言えない、と。当たり前やろ。船側もいい加減なことを言える訳がないやろ。 結局、先生数人が定期船で帰る決断をし、残りの先生が海上タクシーで帰ることになったが、海上タクシーが出てしばらくすると、船が与路島に寄らないことが決定し、古仁屋に残った先生達から息子さんに電話があった。 「もう船出てしまいましたか?」 あほか。どうすんねん、明日の授業?島には里親も含め7人の小学生がいるのに。 その後、1時間程して海上タクシーが与路に着いた。私は、女将さんにお礼を言って宿を出た。結局、泊まりはしなかったが、少し仮眠させてもらい、昼ご飯までご馳走になった。もちろん女将さんは私から宿代は取らなかった。2年掛かってしまったが、最終的に与路島に来られた。結果的にこの日に帰ってよかったのかもしれない。島ではすることが何もない。トカラ列島といい、与路島もかなり僻地である。残念ながら、今回も請島には行けなかったが、加計呂麻島の外海の雰囲気を見られただけでも、これはこれでよかったのかもしれない。 |
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海上タクシーに乗る際、船から降りてくる先生達に挨拶した。買い物帰りなだけあって、手荷物がいっぱいであったが、 「自分たちの優柔不断な判断で周りを振り回し過ぎやぞ。ものを教える立場の人間として、この態度はいかがなものか?もっと決断力を持って、危機管理するように。」 といったことを彼らに言いたかった。 海上タクシーは加計呂麻島に向かった。古仁屋から来た経路と方向が違うせいか、船の揺れは感じなかった。途中、ハミャ島を右手に通り過ぎた。ここに来たかったな・・・。ここで半日ボーっとしたかった。女将さん曰く、息子さんの船ではハミャ島には着岸できないので、ここに来る際はもう少し小さなボートで来なければいけない。台風が近づいてるわりには、そこまで波は高くない。息子さん曰く、これから高くなるだろう、と。息子さんは、古仁屋に家を構える。船は加計呂麻島に停泊させ、加計呂麻島に車を置き、加計呂麻から船で古仁屋に戻る。与路にいる際は、実家で寝泊まりする。古仁屋、加計呂麻、与路と島をまたいで生活している。格好いい!! 加計呂麻島に着いて、息子さんに瀬相港まで車で送ってもらった。まさか今回加計呂麻島に来るとは思わなかった。昨年もそうだった。瀬相港前の売店で息子さんお薦めのソフトクリームを買って食べながら、海上タクシーを待っていた。古仁屋ー加計呂麻間で定期船以外に海上タクシーがこれだけ盛んとは・・・。定期船以外に定時の海上タクシーがあり、12人乗りで¥400。先着順で人数が集まり次第、船は出る。つまり、人が早く集まると早く船が出て、集まらないと出発が遅れる。従って、息子さんに言われたのは、売店に行く前に荷物を乗り場において、場所を取っておいた方がいい。私は一番乗りだったが、16:00の出発時刻近くになると、人が集まってきた。後の人は人数を数え始め、12番目以降の人は次の17:00の船にするのか、諦めて帰って行った。結局、15分ほど遅れただろうか。海上タクシーがやって来て、古仁屋へ向けて出発した。定期船よりもこの方がいいかもしれない。 色々あったが、早朝古仁屋を出発し、夕方また古仁屋に戻ってきた。古仁屋のホテルには、事前にホテルの空き情報を確認し、場合によっては帰ってくる旨を伝えていた。こういうところはシーズンオフの特権である。応用が利く。 古仁屋に戻って、また瀬戸内酒販(後述)に向かった。店長からは、 「えっ、与路に行ってきたの?」 とびっくりされた。 非常に密度の濃い忘れられない1日となった。 |
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奄美大島、鹿児島、一齧り
「瀬戸内酒販」(古仁屋) ここには過去にも来たことがあるが、1杯¥300で試飲できることを知らなかった。棚に試飲可能な黒糖焼酎が並び、そこから飲みたいものを勝手に取ってくる。店では水と氷を用意してくれる。棚を見てびっくりした。見たことのないもの、かなり古い焼酎が並んでいた。黒糖焼酎の古酒はあまり聞かないが、何十年も前のものは、もはや黒糖焼酎の甘い香りがしない。黒糖焼酎でもなく、泡盛でもなく、新しい感覚の焼酎であった。「瀬戸の灘」が飲めたのには感激。 ここでは、日本酒もワインも置いている。店長の意向からで、古仁屋の人にもこういったお酒を知ってほしいとのことから。ちょうどひやおろしの時期だったが、もちろん町の人はひやおろしの認識がない。今は地元の高級ホテルがここのワインを使っている。地元の人向けにしては価格は高めかな、とも思ったが、新しい酒文化を根付かせるのはいいことだと思うので、是非頑張って頂きたい。 結局、古仁屋滞在の2日ともここで黒糖焼酎を楽しんだ。 |
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「居酒屋旬」(古仁屋) 古仁屋の人気店でたまたま入ったが、元気なママを中心に常連さんで賑わっていた。ここも黒糖焼酎を何種類か選べて飲める。「緋寒桜」があったのにはびっくり。ママと黒糖焼酎について色々話していると、「天海」「瀬戸の灘」も出してくれた。感謝感謝。 |
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「レスト&ロッジ翔」(笠利) 土盛海岸沿いのレストラン。「みなとや」が閉まっていたので、何処かないかな?、と探していて、たまたま見つけた。鶏飯はなかったが、地場のうんぎゃる丼に出会った。うんぎゃるとは地元で言う青鯛のこと。笠利の店がいくつか集まって、村興しにうんぎゃるを使用した丼ものを提供している。「翔」で出していたのは、アオサともずくを使用した丼ぶり。漬けのように軽く味付けされたうんぎゃるがご飯に載り、アオサともずくのスープが周りを囲む。素朴な味で美味い。ここからの土盛海岸の景色も最高。何度も奄美には来ているのにこの丼ぶりの存在を知らなかった。新しい発見。 ちなみに、レストランで中学生の団体と居合わせ、合宿かな?、と思っていたら、翌日この周辺の離島の中学生が集まった駅伝大会が催されていた。アップダウンが続く奄美にこの日差し。ご苦労、少年たち。 |
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「魚福」(鹿児島) 昨年、奄美に行った後、ここに戻って来るつもりでいたが、台風で戻って来られなかった。島に渡る前に、大将には珍しい魚を用意して、と頼んでいたのに・・・。 大将は私のことを覚えていないだろうが、昨年のことを謝ろうと思って、店に入ると団体さんでてんやわんやでそれどころではなかった。もちろん、私は首折れ鯖を頼んだ。美味い。なんでこんなプリプリな身のままなんや?これを食べると、これまでの鯖の概念が崩れる。 |
「市場食堂」(鹿児島) 久しぶりにここに戻ってきた。漁港のここの食堂に朝に来て、朝から酒を飲みながら地場の魚介類を食べるのが最高のひと時。数年ぶりの食堂街は場所が移転され、きれいになっていた。ここでも首折れ鯖を食べた。美味しかったがプリプリ感は「魚福」の方がよかったかな。鯵フライも食べてみたが、肉厚がいまいち。鹿児島の鯵はもっと肉厚があるイメージだったが・・・。貝汁も貝の量が減ったのか?以前より少ない感じがした。 全体的にお味が落ちたな。この日がたまたまかも知らんけど・・・。 |
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「山椒」(鹿児島) 飲み屋のママに連れて行ってもらった天文館の店。飲んだ後にここの貝汁は染みる。かなりボリュームがあるし。夜遅くまで営業しているのも良い。ここで鹿児島本土の豚味噌を初めて食べてみたが、離島の豚味噌と違って、本土の方が味噌味が強く、これはこれで美味い。いい店を教えてもらった。 |
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「ざぼんラーメン」(鹿児島) 鹿児島に来るとたまに食べるが、今回、ここの餃子が美味しいということを知った。思わず、お代わりしてしまったほど。 |
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The 南国 at 奄美大島
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Retured to Amami Island
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「鶏飯」
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